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「行く前に離婚をして頂戴。」 「……どうしてもか?」 「どうしても。」 「腹の子はどうする?」 そのセリフは久子の想定内だ。 「勿論私が一人で育てる。あんたに親の顔はさせない。」 美人と言うよりは精悍という方がしっくりくる顔立ちの久子がそんな台詞を吐くと、余りにも似合いすぎて惚れ直しちまう。そんなことを思いながら辰は苦笑を漏らした。 「お前、ホントいい女だよ。いいぞ、但し戻ったら直ぐに復縁するが。」 「誰がそんなもんするか。二度と私達に関わるな!」 昭和16年12月の半ば。 世間は真珠湾での大勝利に浮かれていた。それは北陸の小さな田舎町であっても例外ではなかった。この町にも招集令状がぼつぼつと届き始めていた。 健康な男は全て兵隊に取られたわけでは無い。大戦初期には兵役につく年齢は19才から40才までとなっていた。 それを越えた年齢の男達は民間人の後方支援、つまり軍属として軍事施設や軍の中で働く事が出来た。その幅は広く技術者、事務、売店の店員、掃除夫など様々だ。 台湾やインドシナ、フィリピンなどの基地に派遣される者達も多くいた。 「そんなに俺が憎いか?」 「当たり前じゃないの。憎くないわけがない。」     
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