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「こんなに大事にしているのにか?」 「だったらせめて真面目に働きな。ヤクザもんなんかしてないで」 長屋の薄い壁が震える。音は筒抜け、地団駄を踏めば地震かと思うくらいに長屋全体が揺れる。 「だから真面目にお国の為に尽くしに行くんだ。」 「嘘をつけ!どうせ現地で賭場を開く気だろう!」 あの二人の夫婦喧嘩はいつものこと、と右隣に住む夫婦は知らんぷりを決め込み仲睦まじく布団の中で腰を振っていた。 言葉通りの今生の別れになるかも知れないぞ、本当にそれでいいのか?と左隣に住む年寄り夫婦は気をもんでいた。 明日も朝っぱらから雪かきか、しかしなんだか穏やかじゃねえぞ今回のケンカは、と向かいに住む独り者の男は思った。 外ではしんしんと音がするほどに雪が積もっている。 北陸の雪は重く水気が多い。霰と雪が交互に降ることでどんどんとかさを増し、冷えた外気で氷のように固くなる。朝方に足を突っ込むとひっかき傷が出来るのではないかと言うくらいに表面はバリバリだ。その上に更に柔らかい雪が積もり霰が降り、融けては凍りまた雪が降り、と繰り返し繰り返しながらどんどん積み上がっていく。 そして暖かい季節がやって来ても、一番下にある根雪は簡単には融けない。     
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