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辰が南洋に向かって既に2カ月。2月も半ば、雨水を迎える頃、久子は臨月に入っていた。
ラジオでは日々日本が勝った勝ったと騒いでいる。
今も長屋のどこかでラジオを前に万歳三唱を繰り返している住人がいるらしく、そのはしゃいだ叫び声は土間で縄ないをしている久子の耳にも届いていた。
「久ちゃん、大分出来たねえ。私なんかこれっぽち。」
鈴子が久子の足元に溜まっている縄をみて感心したように声を上げた。
右隣に住む鈴子は、臨月の久子を心配してか、昼間は久子の傍に居ることが多くなっていた。今日も朝から二人は並んで土間で縄をなっていた。
鈴子は縄ないに動かす手よりもおしゃべりの方が遙かに多かった。久子としては相槌を打ちながらの作業はその分手が遅くなるので鈴子の存在に鬱陶しさを感じていたが、好意を足蹴にすることは出来なかった。
臨月の身、ましてや独り暮らしだ。何かあった時には長屋の女達に頼らなければならない。
「鈴ちゃん、さっき親戚が干し柿持って来たんだけど食べる?」
「わあ、いいのかい?」
「勿論だよ。」
久子は大きい腹を抱えながら土間の隅に置いておいた干し柿を二つ手に取った。
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