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久子の剣幕に驚いた鈴子は慌てて謝った。柿で口の中をいっぱいにしながら気にしないでともごもご言った久子だが、沸き立った気持ちは中々収まるものではなかった。 「おお、二人ともいるのかい?丁度良かった、千人針を頼むわ。」 玄関引き戸が開けられる音と同時にしゃがれた老人の声が家の中に響き渡った。 二人が目を向けると、そこには手ぬぐいを持った大家が立っていた。 「誰の?まさかうちの人?」 鈴子が焦って声を上げると大家はあきれた声を出した。 「洋二だよ。アンタのとこにはまだ召集令状来てないだろうが。」 大家は手に持った手ぬぐいを広げて二人に見せた。 そこには日の丸が描かれ、既に手ぬぐいの半分以上玉結びの縫い目が施されていた。 「いつの間に集めたのさ。」 「まあ、大通りで半日立ってりゃこの位はな。後は長屋のもんで仕上げればいいと思ってな。」 大家と鈴子の掛け合いを聞きながら久子は少なからずショックを受けていた。 当たり前と言えば当たり前の話。向かいに住む瓦職人の洋二は26。兵役検査も問題なく通っている。 とはいえ、何かと身重の久子を気遣って仕事帰りに顔を見せてくれ、時には手土産まで持ってきてくれた洋二が兵隊に行ってしまうというのは久子の中ではあり得ないことだったのだ。 「そういえば辰さんは元気かねえ。」 またしても同じ事を聞かれた。久子は明後日の方向を見てさらりと答えた。     
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