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こうして夏帆は良き男性に巡り合うことを待ちながら過ごすことになったが天才的な才能で待つこと自体が苦痛になることはなかった。
夏帆がこうして待っている間に時はすっかりと流れた。
結局、良き男性が現れることなく、彼女の寿命も尽きてしまうのだった。
三途の川を超え、閻魔様のお裁きを経て天国に向かう途中、遠くで男性が夏帆に手を振っている。
夏帆にとっては見知らぬ男性である。
彼女は男性に近づき声を掛ける。
「私に手を振っていたのですか?」
男性は優しげにうなずいてみせた。
「あなたをずっと待っていました」
夏帆は見ず知らずの男性の言っている意味がまったくわからなかった。
男性は夏帆と並んで歩きながらこれまでのことを話してくれた。
「ラーメン店の長い行列で楽しそうに待っているあなたに一目惚れしました」
男性は生前、ラーメン店の行列の中の夏帆を見かけ、彼女に見とれながら歩いていたところに運悪く車が突っ込み天国へとやってくることになったのであった。
ラーメン店の周辺ではそれなりの騒ぎになっていたにも関わらず楽しそうに列に並び続けている夏帆を見ながら男性は天国へと向かった。
男性はそんな彼女にますます惚れて天国でずっと夏帆がやってくるのを待っていたのだという。
夏帆はまったく記憶にないことで、どこのラーメン店に並んでいたことなのかさえわからない。
それでも天国でずっと自分を待ってくれていたことに夏帆は幸せを感じた。
「長い間、ここで待っていてくださったんですね」
「ボクも待つことはまったく平気なものですから」
「ボクも?」
「はい、ボクも、夏帆さんあなたも待つことは平気でしょ?」
夏帆はこの時、初めて自分の中に秘められていた天才的な才能に気がついたのであった。
「似た者同士ということですね」
夏帆と男性はこの後も二人並んで歩き続けていった。
彼女がもし生きている間に自分の天才的な「待つ」という才能を自覚していたなら、また別の形の人生になっていたのかもしれない。
ただ自分の天才的な才能に気づくというのは、生きている人間にとってはそれほど容易なものではないのであろう。
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