天才的な才能

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風邪をひいて体調がすぐれない時でも夏帆の妄想は衰えることを知らない。 診察券と保険証を受付で手渡し、混み合った病院の待合室で空いている席に座る。 具合の悪さで泣き叫ぶ男の子に手をやく見知らぬ母親の横で元気な妹が静かに学校で習ってきた童謡を口ずさむ。 夏帆も幼いときに歌ったことのある「もみじ」という童謡だ。 「秋の夕陽に 照る山もみじ」 小学校の音楽室で歌った記憶が夏帆に蘇り彼女の妄想は風邪にも負けずいきいきと動き出す。 小学校の頃には誰と誰が好き同士ということが女子を中心に盛り上がる。 たいてい足の速い、運動神経の優れた男子が人気者になる。 そんな運動会で大活躍する男子に秋野祐希(あきのゆうき)くんがいる。 そんな秋野(あきの)くんが大好きな女子が照山紅葉(てるやまもみじ)である。 秋野くんと照山さんが好き同士であることはクラスのみんなが知っている。 音楽の時間に「もみじ」をクラスみんなで歌うたびにやんちゃな男子は歌詞を「秋野祐希(あきのゆうき)照山紅葉(てるやまもみじ)」に言い換えて秋野(あきの)くんと照山(てるやま)さんを指さしてとニヤニヤしながら歌うのである。 そんな音楽室でのクラスの情景を夏帆が妄想していると夏帆の名前を呼び疲れた看護婦さんに肩を叩かれ彼女は現実に引き戻されて診察室に入り、また元気な日常へと戻っていく。 そんな夏帆はただ平凡な毎日を暮らしてきた。 人並みに結婚願望はあったがいっこうに良い男性が彼女の前には現れなかった。 周りの女友達はほとんどが結婚し子どもにも恵まれていた。 置いてきぼりの状況は夏帆にとって喜ばしいことではなかったが、それでも「家宝は寝て待て」ということわざを「夏帆(かほ)は寝て待て」と読み替えて休みの日の多くの時間をベッドの上で眠って過ごした。
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