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第16話 あの人がエーリッヒ・フロムを語る
――白井不動産新宿支社の倉庫。
荒川靖子は、白ショーツだけの姿で洗面所に入っていく。
そこには、ビニールに入っている白いシャツ、黒のスラックスに加えて、薄手の防刃ベストと軍隊で使われている特殊部隊用のタスティカルベストが置いてあった。
蛇口に手を伸ばしてゆっくりと回す荒川。
「顔色が悪いぞ。薬なんてやるからだ」
誰もいないはずの洗面所で、荒川の後ろから声が聞こえた。
スーツ姿で無表情の男――荒川の上司だった福富優一。
もう死んでいるはずの福富が、荒川の目の前に現れた。
荒川は、何も気にせずに洗面所で顔を洗うためか、水をもの凄い勢いで出しっぱなしにしている。
そのせいで洗面所内は、水の流れる音で埋め尽くされていた。
「お前……あいつらのところへ帰るつもりはないのか? それともようやく自由になったとでも思っているのか?」
荒川は、何も答えずに洗面器に両手を乗せて俯いている。
「エーリッヒ・フロムは『自由からの逃走』で、人間には自由を求める傾向があるが、規則や縛りからの解放は、人にとって孤独感や無力感に変わることがあると指摘していた。だとしたら自由になれば、孤独感を抱え込むリスクがあるということだ」
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