第16話 あの人がエーリッヒ・フロムを語る

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俯いている荒川の顔には、脂汗が止まらず、呼吸も荒い。 とても息苦しそうだ。 福富は続ける。 「フロムは『愛するということ』の中で、孤独感を克服(こくふく)する方法として、それは愛だと結論付けている。その愛とは、必ずしも結婚を意味するものではない。もし一定の他人だけしか愛さず、他の人間には無関心だとしたら、それは愛とは呼ばず、自由中心主義の拡大だと考えるべきだ。お前はいつから自由中心主義になったんだ? 広島でしていた人助けはどうした?」 突然、荒川が嘔吐(おうと)した。 蛇口から勢いよく出る水の音に、荒川の嗚咽(おえつ)の声が交じり合う。 「フロム曰く、愛とは“特定の人間に対する関係ではない。一つの対象に対してではなく、世界全体に対して人がどう関わるかを決定する態度、性格の方向性であると言う。その上で、配慮、責任、尊敬、知だとしている。これから考えるに、お前を救うのは報復(ほうふく)ではない。それよりも愛について考え、世界に対する関わり方を決定し、他者と結びついていくことだ」 何も出ないが、嘔吐を続ける荒川。 その凄まじい形相を見るに、まるで地獄の責め苦を受けているようだ。     
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