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交通安全祈願祭の時刻が近づいた。
耀子と幸と奈都が控の間に現れた。
「三方を持って、父ちゃんのあとについていってくれ」
三人はお守りがのった三方を持った。常装束(烏帽子に薄青の狩衣と奴袴の狩衣姿)の宮司の父ちゃんのあとについて渡り廊下を拝殿へ歩いた。そのあとにオレがつづく。神事や祭事の時は、オレは父ちゃんの補佐役の禰宜を務めてる。オレは巫女たちの後につづいて拝殿へあがった。
「ただいまから、交通安全祈願祈願祭を行います。拝礼の手本を巫女たちが示しますから、巫女たちの作法に従ってください。
私は、みなさんの背後から、祭事の指示と祈祷を行います。
それでは巫女は前に座ってください」
父ちゃんが交通安全祈願者の前に立ってあいさつをすませると、拝礼など祭事の作法の手本を示すために、巫女たちが、神殿に向って座る交通安全祈願者祈願者の前に座り、父ちゃんとオレは祈願者の背後に座った。
「では、拝礼してください」
父ちゃんの言葉で、巫女と祈願者たちが拝殿に拝礼した。
拝礼が終った。
父ちゃんは祈願者の頭越しに交通安全祈願の祝詞を奏上した。
祝詞が終わった。
「拝礼してください」
父ちゃんの言葉で、皆がふたたび拝礼した。
父ちゃんは祈願者の前に立った。祓草でお祓いし、祈願者に巫女たちが持っている三方からお守りをわたした。
お守りには前もって交通安全祈願の祝詞をあげてある。
「祈願祭はこれで終了しました。気をつけてお帰りください」
父ちゃんのあいさつで、拝殿から祈願者たちが渡り廊下へ移動した。
控えの間にもどりながら耀子は幸と奈都に説明した。
「まあ、こんなもんだね。祭事の小間使いだよ。
ほかにすることは、神社の掃除と片づけだね」
「境内、全部を掃除するんか?」
幸が驚いてる。奈都は当り前だろうという顔をしている。
「どうってことはないよ。目だつゴミを拾えばいいからね。
ゴミ箱を置くとゴミを大量に捨ててく人がいるから、ゴミ箱は無いよ。
だから、拾ったゴミは、家の裏のゴミの大バケツへ持っていってね」
耀子の説明が終わらないうちに幸がいう。
「サスケもするんだろう?」
「ああ、オレもする。
オレがいねえと寂しいか?」
幸も奈都もオレと幼なじみだ。
「バーカ。いねえ方がせいせいする。
境内が広いから、サスケも掃除するんか訊いただけだ。
いつも誰が掃除してるん?」
「オレか耀子だ。だけど、おもにオレだな」
耀子は習いごとをしている。オレは習いごとはしていない。オレはこの猿田比古神社が好きだ。そのため、神社にいる時間が増える。そして気づくと、あれこれ片づけや掃除しているオレがいる。
「どうした、サスケ?」
「いや、なんでもねえ」
幸のヤツ、オレの気持ちに気づいたな。
「サスケがこの神社を好きなんは、子どもの時から知ってんぞ。
だから、大切に思ってんだろう?」
「ああ、そうだ」
オレがそういうと奈都がいう。
「ヨウちゃんがいってたみたいに、交通安全祈願とお祓いしてもらった人の近い未来が見えたような気がしたよ」
奈都が気にしているのは、免許をとったばかりで車を買ってもらい、両親とともに交通安全祈願に来た近所の野本沙希だ。彼女は大学一年。教育学部の美術科へ通っている。
奈都が見た野本沙希の心の中を幸も見ていた。交通安全に関することじゃない。本人の心のあり方をだ。
祈祷に来る人たちの心の中を見れるのは、修行を重ねても、天賦の才能がある者だけだ。その点、幸と奈都は才能があると思う。しかし、他人の心をのぞき見るのは、見るだけにとどめて自分の心の成長の糧にするのがいい、と父ちゃんがいっていた。
今となっては父ちゃんの言葉は爺ちゃん、つまり猿田比古神の爺ちゃんの言葉だ。
午前と午後の神事が終わり、幸と奈都の巫女さん一日目は無事終了した。
「じゃあ、着換えてくれ」
三人は控えの間の隣室へ入った。
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