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冷たい風が身を震わす。約束の時間まであと五分。時間だけには厳しいあの人のことだから遅れることはないと思うけど。昔のことを思い出したせいか、抑えていた気持ちがあふれだしてきた。目線はいつの間にか下がり、今日のために新調した白いハイヒールにおとしていた。
はやくあの手足だけ長くて、無駄にひょろひょろした頼りない体を抱きしめたい……。
そしていつも赤く艶やかに動く、唇に――
「澪」
凍った指先が、その一声でじんわり熱をもつ。どこにいてもその声で呼んでくれれば探し出すことができる。魔法の声。
わたしは緩んだ頬をたてなおした。抱きつきたい衝動をなんとかやりぬき、顔をあげる。あのころから変わってないと言われた笑みを浮かべると、心に決めていた言葉が機会もうかがわずに口から飛びだした。
「結婚して」
先をこされたと彼はあの日のように小さくつぶやくと、その赤い唇でキスをした。
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