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光一の生活のリズムが事件以前に戻るには、多少の時間を要した。
それでも時は流れて、今が過去となり、また新しい今を迎えて、歴史が積み重なる。
ようやく周辺が静かになった頃、けたたましく電話が鳴った。
光一は眉をしかめて、受話器を耳にあてた。
「はい、片桐です」
『こんにちは! お父様はいらっしゃいますか?』
能天気なセールスマンの声が響く。
光一は苦笑いで答えた。
「いますよ」
『お願いできますか?』
「それは無理です、まだ帰ってませんので」
短く答えて、すぐさま受話器を置いた。
光一には父親が存在する。
自分の知らない所で、人にぬくもりを与え続けた父親が。
しかし、家にはいない。
ただそれだけのことだ。
―完―
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