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◆◆◆
自分には父親がいる。
一般的に言う『いる』とは、『存在する』ではなく、『家で一緒に生活している』という意味だ。
存在するのは当たり前で、わざわざ公言することではない。
片桐光一がなぜ突然こんな風に思ったのか、それはつい先程、家の固定電話に掛かってきたセールスマンからの、開口一番の質問のせいだった。
『お父様はいらっしゃいますか?』
その時父親は不在だったが、光一は答えた。
『います』
『では、代わっていただけますか?』
『それは無理です。まだ帰ってませんので』
すると、セールスマンの口調が明らかに変わった。
『いるっつったろーが、バーカ』
そして、叩き付けるように電話は切られた。
『最近よく育毛剤のセールス電話が掛かってきて困ってるの』という母親の言葉を思い出し、あしらうつもりで事実を述べた。
自分には父親が存在するから、『いる』。でも、今は家にいない。
「ただいま」
背後からの声に、光一はソファの上で首だけ巡らせて主を見た。
そこには、いつもの父親の顔があった。
「おかえり」
光一は、テレビに顔を戻してから、そう挨拶した。
着替えるために一旦姿を消した父の気配を感じながら、光一は思う。
自分と父親の関係は、おそらく良好だと。
父との間に暴力的な要素は存在しないし、ある意味それ以上に絶望的な無関心さも存在しない。
積極的な会話はないにしろ、なんとなく近況を確認しあう挨拶のようなものは、交わしている。
『もうかりまっか?』『あきまへんなぁ』みたいな、殆ど意味のないやりとりだが。
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