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「そういえば光一。こないだの子は、大丈夫なのか」
戻ってきた父が、独り言のように呟いた。
質問だと分かるのにも、その内容が何を指しているのか気付くのにも、しばらく時間がかかった。
光一の沈黙に、父は催促することなく、黙って椅子に座る。
新聞を引寄せてゆっくり開き、目を滑らせる。
「……あ、桜子のこと?」
ようやく思い立った光一の言葉に、父は視線をそのままで、「名前は知らないが、多分、それだ」といい加減な事を言った。
ちょうど1週間前の話だ。
放課後帰宅途中、外回りをしていた父に偶然出会った。
「あ」と口元だけ形作り、お互いが黙認だけですれ違おうとした時、不快な言葉が耳に届いた。
ウザいだの目障りだの、友達同士の会話とは程遠い。
光一と父は足を止め、顔を見合せ、そして、場所を特定するため耳を澄ませた。
粗方の目星をつけると、どちらからともなく歩き始めた。
光一があの時迷わず歩けたのは、父がいたからだ。
いざとなればどちらかが助けを呼べる。
結果、女子を救うことが出来た。
被害者がクラスメートだったことに驚き、加害者が隣のクラスの女子だったことに更に驚き、それを父に告げたことを、今の質問で思い出した。
「桜子は、正義感が強い。ついでに気も強いから、ああいうのに目をつけられるんだ。でも、多分大丈夫。あいつらに、俺の父親は警察官だって言っておいたから」
「一体いつから、俺は警察官になったんだ?」
「いーじゃん別に。保険だよ保険」
「保険」
誰に問うでもなく、新聞に向かって真顔で呟く。
「俺は一介の営業マン」
今度も真顔で真実を呟いたところで、母親が晩御飯の乗ったお盆を持ってきた。
クラスメートの話題は、それきりになった。
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