辻占

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 外側にはどかされた白い砂利が薄高く盛られ、内側の四隅には竹の鉢植えが置かれている。ただ鉢はサッカーのコーナーフラッグのようにピッチの内外とを隔てるのではなく、人ひとりが通れるくらい内側に置かれている。これは懸と呼ばれ、蹴鞠にはなくてはならない装置だ。  一時半過ぎ、まず白装束の宮司と赤い袴姿の巫女とが本殿より姿を現した。巫女の手には榊の枝に結びつけられた白鞠がうやうやしく掲げられている。  鴇色、露草色、柑子色、萌木色・・・色とりどりの鞠水干に鞠袴、烏帽子姿の男たちがそれに続き、庭の南に二列に敷かれたむしろの上に腰を下ろす。衣装は平安時代そのままだが化粧などはせず、眼鏡をかけた者もいるし、何人かいる烏帽子のない女性の眉はアーチ状に整えられている。人数は十人をゆうに超え、九人目からは後ろのむしろに座す。鞠足と呼ばれるプレーヤーたちである。  その列のしんがりに、一人の禿があった。ハゲではなくカムロと読む。  禿とはおかっぱ頭の子供。平家が都に放った密偵であったり、遊郭の女郎の見習いであったりする。  その禿はやはり肩の上で髪を切り揃えてあり、眉が隠れるほど長い前髪に隠れた目は細い。一人だけ平安風のコスプレをしているかのように見えるが、よくよく見れば顔を塗ったり眉を描いたりはしていない素っぴんであることが見て取れる。  奇妙なのはその水干である。狩衣と違い、袴を上に出して帯で止める、現代で言うシャツインするのが水干の特徴であるが、サイズが大きすぎて帯を隠してしまう背中に大きくあしらわれているのが、なぜかニワトリなのである。袴は藤色、これまたぶかぶかで膝のあたりがつんつるてんになってしまった年季ものだ。  上座、向かって左側から一人、また一人と懐から扇子を取り出して懐紙の上に置くとその庭の中に入ってゆく。  末席にちょこんと座っていた禿は八番目、つまり最後に立ち上がる。裾に隠した手にて巫女から榊にくくりつけられたままの鞠をうやうやしく受け取ると、右の足から庭へと足を踏み入れた。  鴨川のほとりでホルモー! と叫んだり。    糺の森に住まう狸の四兄弟が人にまぎれて跳梁跋扈したり。  没後八百年を経た鴨長明がインスタント麺を食べて鴨の超うめええ! 砲を口から飛ばすより少し前。  毎年一月四日に執り行われる蹴鞠始めが、この年もしめやかに執り行われようとしていた。
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