辻占

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 蹴鞠。  本来はシュウキクと読む。起源が紀元前の中国にあるからだ。  紀元前の戦国時代の書物にその名が登場し、貴賤の境なく広まり、あまりの熱狂ぶりに風紀を乱すとして明代に入ってから禁止令が出るまで親しまれてきた。  では中国のシュウキクが日本に伝来したのはいつか、定かではない。  蹴鞠が日本の歴史に登場するのは「日本書紀」だ。中大兄皇子が蹴鞠の最中誤って飛ばしてしまった靴を拾った中臣鎌足と急接近したとされ、これをきっかけに興ったのが大化の改新だ。恐らくはその前に遣隋使によって日本にもたらされたのであろう。  だが道端に棒があれば拾って振り回し、石が転がってたら蹴飛ばすのが男という生き物だ。その時代のヨーロッパには戦争に勝つと落とした敵の首を蹴って祝う野蛮極まりない遊びが存在したという。蹴鞠が海を渡る前に、日本にも何かを蹴る遊戯があったとしても何の不思議もない。  とにかく、この遊びが隆盛を極めるのが、奈良から京に遷都される平安時代。  和歌や雅楽と並ぶ嗜みとして、蹴鞠は公家の間に広まる。ちなみにクヱマリが正しい発音だ。  午前は宮仕えし、昼過ぎに集まり、夜は和歌を読み酒を交わす。これが貴族の社交場であった。  政治が武家のものになると蹴鞠は家元制度が発足し、閉じられた世界のものになる。対照的に庶民の間にも地下(じげ)鞠という鞠が流行る。入手しやすい犬の革で作られた鞠を蹴るもので、江戸時代にはこれが地方にまで伝播する。  しかし明治維新とともに蹴鞠は急速に衰退する。西洋のものを尊ぶ風潮が蔓延し蹴鞠は廃れていった。  今の蹴鞠は一度消滅したもので、現在の蹴鞠保存会は明治天皇の命により発足したものである。目的は文字通り蹴鞠の保存、千年の昔のままでここに披露、奉納されるところだ。
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