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「アリ!」
そう叫べばあさっての方向に飛んでいったはずの鞠にも足を伸ばし、スパイクの先にからめ取ってしまう。
「ヤカ!」
そう叫ぶと右足を振るい、楽器を鳴らしたような乾いた音とともに懸の高さへ上げた。
「オウ!」
そう叫ぶと鞠は右隣の鞠足に渡った。その足に当たると鞠が打ち頃に跳ねた。
足運びは決まって三歩。右足から踏み出して次の右足で上げる。まるで白鳥が水を蹴るかのごとく上体は静かに、足だけが細かに動く。
軽い身のこなしに子供らしいはつらつとした声、そして卓越した技。
この禿こそが鞠庭の主役であることに疑いの余地はなかった。
鞠を操るのに四苦八苦するのが非足、鞠を意のままに操るのが名足。
しかしこの禿はどうであったか。
鞠ばかりか、そこに居合わせた全ての人の心までつかんでみせた。禿に鞠が渡るだけで歓声が上がり、観客は寒さを忘れた。
やがて一の座が終わり、鞠足が交替して二の座が始まる。
しかし禿だけが二の鞠にも参加した。息一つ乱さず鞠をさばく。
やがて技を披露することに飽きてきたのか、回ってきた鞠を一足にて返すことが増えた。それでも鞠は正確に受け手に渡り、他の者が三足で行うことを一回で終えてしまう。
かと思えば回ってきた鞠を低く上げた足の上でぴたりと止めたかと思うと浮かせ、その回りでスパイクを一周させてから再び止めたりした。
頭を越えるような高い鞠が飛んできたら、とっさにその場で逆立ちをし、かかとで蹴り返したりもする。
そのたびにマイクを持った長老がしわがれた声で説明するのだが、どれだけ見る者の耳に入っているか怪しい。
極めつけは、二の座が終わる直前。
他の鞠足が蹴った鞠が舞殿の屋根にかかり、そのまま滑り落ちてきた。
スパイクが舞殿の欄干を蹴った。
五条大橋の牛若丸もかくや、という高さで飛び上がった禿が落ちてきた鞠をスパイクでとらえた。
ぶかぶかの水干が翻り、帯の上に隠れていた水干の全容が明らかになる。魚の鱗のような尾羽が連なるのはニワトリのそれではない。
鳳凰。十円玉にも描かれた平等院の屋根に乗せられている瑞鳥である。
水干をたなびかせて膝から落ちた禿、拍手どうぞとばかりに両手を広げた。
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