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「人々が蹴鞠を愛している時代には国は栄え、政治もうまいこといき、幸福がもたらされ、病気もしないと故事には記されております・・・」
三の座まで終わって長老が締めの挨拶を行っているのは三時前。日がだいぶ傾き、長老の締めの挨拶が終わらぬうちに帰り始める者も出る。
鞠足たちは扇子を懐に戻し、くつろいだ様子でいる。今年も無事に務めを終えられた安堵からくる柔らかい表情で誰もいない鞠庭を見つめている。この庭は程なく懸をしまい、薄高く盛られた砂利を均してあるべき姿へと戻されるのだ。
その中で一人だけ様子のおかしい者がある。件の禿である。
空を見上げ、何事かぶつぶつとつぶやいているのだ。太い眉をしかめ、細い目をつり上げ、おちょぼ口に広げた扇子を当て、声を押し殺してはいるがその独り言は次第に大きくなってゆく。
「また鞠は後世にもよい影響を与えると申します」
「・・・しいひんだけや。空気読みぃや」
「鞠を好む人は、一度庭に立つとあらゆる雑念から解放されるからでございます」
「・・・できひん違います」
長老が咳払いするのも明らかに耳に入っていない。
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