餡炊き三年、餡練り十年

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 テレビを見ながら、食事をしながら、用を足しながらボールに触れていればそれが数年後には大きな差になる。そう提案した時他の者は首をかしげたが、それが正しかったのが今まさに証明されようとしていた。 「きたっ」  近所迷惑になりかねない大声とともに、テレビを見つめていた人影が立ち上がる。大きな目が赤く、口が白い。あとは全て真っ黒な顔がすすけた天井を見上げた。  ドレッドヘアが揺れ、ハーフパンツから突き出るふくらはぎが発達した足できしむ階段を踏み抜かん勢いで駆け上がる。 「やよいちゃん、起きろー!」  二階に上がってすぐのドアはスルーし、一番奥のドアノブをノックすらせずにひねる。もちろん内側からカギがかかっていて開かない。 「やかましわ」  あからさまに不機嫌そうな声とともにドアが開かれる。パジャマにノーメーク、生あくびをすると他の歯に比べてサイズの大きい前歯がむき出しになる。小柄で童顔だが整った面立ちなだけに、歯並びの悪さが一層際立ってしまう。 「アニメくらい一人で見いや。うちは台本読みでねぶいねん」 「受からないオーディションの、ムダな台本読みでしょ?」  最後に役らしい役がついたのはいつだったか、そんな心の傷を容赦なくえぐり取られ、かたかたと前歯が鳴った。 「それより、出るよ」 「ほんまかっ」     
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