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残すは乾の懸のみ、という段になって禿は迷い始めた。
身傍鞠、返足、延足。これらは蹴鞠の三曲と呼ばれる大技であり、これを超えるものはないとされる。
禿にそれらを授けた者たちはそれぞれの懸で待っていた。その名を呼べばいつでも現れ、力をアタエテくれる。
しかしこれから向かう懸にいるのはそんな従順な存在ではない。
ごう慢で尊大、陰湿な怨霊。そもそも禿がこんな芸当を披露する羽目になったのもそいつのせいなのだ。
触らぬ神に祟りなし。さっさとしまいにしもたれと特に何もせずに、最後に見映えだけでもするようにと高く蹴り上げ、左足を踏みこむ。
風もないのに枝が揺れ、鞠を真下に叩き落とした。体重は全て左の爪先に乗っており、翻ることもできない。ああ、というため息が漏れる。
──過ちを犯さぬ者などあろうか。
冷たくなった禿の頭にささやく声がある。頭のてっぺんから抜けるような甲高い声だ。
──過ちを過ちのままにするが非足、過ちを巧みに隠すが名足。
凡人と名人との違いを説いた後、こうも加えた。
──鞠聖の末裔ならば、過ちをも技に変えましょうぞ。
蹴鞠の足の振りは小さい。膝から下の動きだけで蹴る。
右足を、後ろに振った。かかとで頭の上へと浮かせる。
飛んだ。
頭よりなお高く振り上げた足で鞠の真芯を叩く。舞を締めくくる鼓の音。
「ひっ」
マイクを取り落とした長老がそれを両手で受け止める。腕時計の針はかっきり三時。
鳳凰の描かれた背中から落ちる禿。清水の舞台であれば今ごろ奈落の底であったろう。
後ろ足からのとんぼう返り、オーバーヘッドキック。拍手も喝采も起こらない。
ただ、そのすさまじさに静寂だけが舞殿に響くばかり。
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