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「杏木さま、なにゆえ一月も蹴鞠ませなんだか」
と、緑の直垂の春揚花(しゅんようか)。成通からはオウと呼ばれる。後ろに逸らせた鞠を反転して上げる返足(かえりあし)、サッカーでいえばドリブルのターンの名人。その名を呼んで身を翻せば、相手が瞬きする間もなく置き去りにできる。
「鞠の道は焦らず、たゆまず、怠らずにござりまする」
と、赤の直垂の夏安林(げあんりん)。アリと呼ばれる。強いボールを難なく受け、それを体全体に滑らせて足元に置く身傍鞠(みにそうまり)、トラップの名人。その名を呼んで身を浮かせば、どんな荒い鞠も意のままに操れる。
「それとも、蹴鞠られぬわけがございましたか」
と、白の直垂の秋園(しゅうおう)。ヤカと呼ばれる。庭に落ちそうになった鞠に身を投げ出して拾う延足(のびあし)、スライディングの名人。その名を呼んで身を投げ出せば、一間先の鞠にも爪先が届く。
顔は人間の子供、体は猩々のそれ。この三人は蹴鞠の精である。時に口やかましく、時に成通と杏木の仲立ちをする心優しき者共。
「まあ、聞いたってや」
杏木は後ろ足を止めない。後ろ足とはかかとのみで行うリフティングのことで、成通は熊野詣に際してこれを左右百回ずつ行ったという。
その類いまれなる技を見せた肉体も八百年の昔に滅び、鞠の精どもは元々この世の者ではない。
端から見れば、少女が語りかけているのは、ただの鞠である。
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