花菖蒲(前半)

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「で、稽古のほうはどのような?」 「陸上部や」  先月まで小学生だった杏木たちはまず体作りから始められた。まず30分走を二回、合計一時間、川沿いの土手を走らされる。小学生では20分ハーフだった試合が中学生では30分になるのを逆算してそうなる。それが終わるとコーンやラダーを用いたダッシュやステップのメニュー。ボールに触れるのは最後の30分だけだった。 「鞠の巧拙は?」 「みなさんうまいでぇ」  さすがは全国の足自慢が集まっただけのことはある。足元の技術に長けてるのは当たり前で、さらにスピードやパワーも兼ね備えている。上は高校生、体格も自分達に比べたらまるっきり大人だ。  何よりサッカーに対してハングリーだ。これでいい、ということを知らない。練習が終わる頃には杏木たちがくたくたになっているのに、自主連をしたり、そのままハイーニャの練習に加わったりする者もいる。 「井の中の蛙大海を知らず、でござりまするな」  ほほ、と扇子を口許に当てる成通。 「けどなぁ、先輩たち、ちっとも楽しそうに見えんねん」  サッカーへの探求心は素直に尊敬できる。だがどの顔も固く奥歯を食い縛り、必死にサッカーにしがみついているようにしか杏木の目には映らない。  そこまでしてプロになれるわけでもないサッカー選手になる意味ってあるのだろうか。
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