花菖蒲(前半)

7/28
27人が本棚に入れています
本棚に追加
/649ページ
「近習の方々はいかがでござりまするか。ほら、あの小さき方など」  春揚花が訪ねる。禿たちの目にはやよいたちが杏木の家来に見えるらしい。 「やよいはホームシックになっとった」  杏木とともに関西から上京した桜井やよいは、物心つく前から所属していた大阪の児童劇団から東京のタレント事務所に移籍した。プリンセーザがオフの月曜日に都内にあいさつに行き、けったいな色のTシャツ姿で帰ってきた。  なんやそれ、阪急電車か。杏木のツッコミを聞いたやよいの目にぶわっと涙が湧いた。 「一日中、ずっとスルーされたんやて」  京阪神を走る私鉄、阪急電鉄の全ての車両は阪急マルーンと呼ばれる独特の色合いををしている。マルーンとはマロン、栗色のことだが阪急電車のそれは光沢のある小豆色で、でろでろに流れるチョコレートフォンデュのような色味である。  ウケ狙いで着ていったシャツに誰一人ツッコんでくれなかった。丸一日スベり続けたようなもので、関西人にはかなりきつい。  そんなやよいのポジションはメイアー。ドリブルやパスで前線にボールを運び、また自らも前線に飛び出してシュートを放つ花形だ。背番号は37。  そのやよいだが、体格で勝る先輩たちに当たり負けすること数知れず。最近はわざとこけてファウルをもらうくせがつき始めている。子役だけあって、間抜けな男なら笛を吹きそうになるが、女である菅原にそれは通じない。
/649ページ

最初のコメントを投稿しよう!