辻占

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 まず禿が北西に立つ長老に榊にくくられた鞠を差し出し、長老がほどく。これを解鞠(ときまり)という。  蹴鞠は柔らかな鹿の二枚革を裏表をひっくり返してから硬い馬の革のひもで縛る。なので球型ではなく、内側にくびれただ円形をしている。またその材料であるけものの革から道楽である鞠に明け暮れることを「馬鹿」と呼び戒めたという説がある。  大きさは長径20センチあまりだからサッカーボールの4号球、少年用のものと大差ないが重さは100グラム台でずっと軽い。  全ての鞠は手製であり、ひとつひとつ重さも形も異なるので試し蹴りが必要になる。鞠を受け取った長老から数回蹴り、終わったら二番の者へ下手投げで弾まないように転がす。二番の者は腰を屈めてそれを手で受け取り、また数回蹴ると三番の者へ・・・を末席の者まで行う。これを小鞠(こまり)と呼ぶ。  小鞠ひとつとっても見えることがある。その人が子供の頃、どれだけ鞠に親しんできたか、である。  一回蹴って地面に落としてしまうのは大人になってから鞠を始めた人である。  ボールコントロールが身につくの小学校高学年だ。筋肉や骨格が成長する体と技能を吸収しやすい頭脳とを併せ持ったこの時期に覚えたことは死ぬまでの間、ぎこちなさのかけらもなく披露することができる。  ならば禿はどうであったか。七番から足元に投げられた鞠に手ではなく右足を出した。履いているのは沓と足袋とを縫い合わせた鞠沓ではなく、一人だけ黒いサッカースパイクだ。その爪先に鞠を乗せると、足を高く上げて音もなくすくい上げる。空に舞い上がった鞠は禿の背後へと落ちる。そちらに視線を向けることなく、今度はかかとに当てた。右の肩を超えたまりわさらに振り子のように振った足で三たびとらえた。雨のない空に虹をかけたる鞠は長老の胸にすっぽりと収まった。  そして上げ鞠、サッカーでいうところのキックオフを長老が行った。いくぶん、眼鏡の奥のの眉をひそめながら。
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