ありがとう、また会う日まで

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1 私はベンチに腰を下ろしていた。隣には誰も座っていない。歪んだフラフープのような形の妙なオブジェに背を向け、私はただ前を見つめた。 腕時計の針は八時を指していた。空港までは遠いからと早めに家を出たのだが、彼の到着予定時間は午後十時なので、随分と余裕がある。 彼には今日の服装を伝えてある。白のトップスにキャメルのダッフルコート。とっておきの日にしか着ない淡いピンクのスカートは、彼にとってわかりやすい目印になるだろう。所謂勝負服である。そして、彼とお揃いのネックレス。リングの飾りに名前の刻印が入ったシンプルなものだ。 「ステンレスってめっちゃ硬いらしいぜ。何があっても壊れないだろうなって思って」 「……安物でごめんな」 そんな言葉が思い出された。 今年の冬は平年よりも気温が低いらしい。それを証明するように、私の両手は冷たいままだった。今履いている黒いタイツも、外の寒風からは守ってくれなかった。 腕時計を確認しつつ、手荷物受取場の出口を見た。人々は、そんな私の前をキャリーケースや大きな鞄と共に素早く通り過ぎていく。誰も私のことなんか見なかった。 私は今、存在していないかのようだった。 人々の通り過ぎる様とは裏腹に、時間の進みはあまりにも遅い。それでも、私は出口から出てくる人間を一人一人見て、彼でないことを飽きずに確認していた。
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