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「ヤス。ここだよ」
ヨミは一本通路の先にあった鉄製の横扉の前で立ち止まる。それは、手動で開くタイプの古いエレベーターの前だ。
こんだけ下へ下へと進んだ先に、エレベーターが?
思わずボケッとそのエレベーターの前で立ち尽くすと、ヨミはエレベーターの上にある数字の印字がない階数の表示を見る。
「んー…と。約束してたのは……ここかな」
そう言ってエレベーターに手をかけて開くと乗り込み、階数を選ぶレバーを引いて操作し始めた。
「ほら、早く乗って」
どこに行くんだよ、これ?
「いーから」
深いところまで下って更に下に行くとは嫌な予感がしたが、一人で戻るにも道が分からない。俺は乗り込み、エレベーターの扉を閉める。
エレベーターのレバーは見たことがないほど特殊で、一個じゃなく大中小とそれぞれ三個。ヨミはそれを調節している。
「この辺だったかな…」
調節が終わり、上についていた赤いボタンを押すと、煩いブザー音が鳴った。
エレベーターは自動的にガタガタと音を発てながら、下へと降下を始める。
なぁ?本当に何処に連れていく気だよ?俺に何をさせる気だ?
エレベーターが降下している中で迫るように聞くと、ヨミはようやく答える。
「皆が゛シュンハイ ゛と呼ぶ人間の場所。『不可視』のクーロンだよ」
………………シュンハイ?シュンハイって、確か異民族の?
「異民族?そんな風に聞いたの?まぁ、確かにそういう感じの人もいるけど、ちょっとだけ違う」
何が違うって言うんだよ?
ニヤッと笑うヨミにイラッとした言い方で聞くと、エレベーターの剥げた壁に寄りかかった。
__「退屈しない素敵な世界」
ジジジッ…_
答えになっていないヨミの言葉の後、エレベーターのオレンジ色の電灯がピリピリと点滅する。
一瞬ガタンッと揺れが激しくなった。
その揺れ毛量の多いボブカットの髪をユラッと揺らして、操作したレバーの方に目を向ける。
揺れて降下していたエレベーターの上にある電光の表示盤に反応がでた。
画面が割れていて明らかに使いものにならなそうに思っていたが、ヨミが「ゲートを通った」と発言した瞬間に、オレンジ色の文字がテカテカと点滅して浮かび上がる。
_[隐形等级2034九龙]_
中国語で書いているため、意味は分からないが、何処かの階層を表している事がなんとなく分かった。
手動扉の向こうに続いていたコンクリートの壁から抜け出し、エレベーターが到着する。手動扉の先には、行くときと同じような薄暗い空間がある。
…なんだ?普通にクーロンの中か?
結構深いところにまで下ってきた筈だ。クーロンは上だけじゃなく下まで長いらしい。多分だが、かなり深い。
エレベーターに乗ってるのも10階ほど下に下りたってレベルじゃないほど動いていた。
ここはなんだ?クーロンの中なんだよな?
「うん。クーロンの中だけど」
完全にエレベーターが止まったのを確認し、ヨミは手動扉を開けて外へ軽やかな足取りで出ていく。
「だけど違う。ここはね、クーロンであって、今までいたクーロンとは違う」
…あのよ、退屈しない世界だとか、不可視とかなんとかってまどろっこしい言い草はやめてくれないか?ハッキリと答えろ。
どっかの詩人か拗らせたオタクのような口調にうんざりして言うと、ヨミはブルゾンのポケットに手を突っ込みながらエレベーターから出てきた俺に振り向く。
「あんたさ、張の物件借りてまでここに来たのに何にも知らないの?」
は?知るわけないだろ。俺は日本から仕事で来ただけだ、別に住むためじゃねぇ。
「…ふーん。なんだ。…ま、いいや。どのみちしばらくここにいるんでしょ?」
チリンッとヨミのチョーカーの飾りが首の動きと一緒に揺れた。
「ちょっと手伝ってもらうこともあるし、ここの事教えてあげるから来なよ。どうせここにいるんなら、いずれ知っちゃうだろうし」
トットットッと履いているスニーカーの音がエレベーターの外の直線廊下に響き、ヨミは進み始めた。
どういう事なのか、ここはクーロンの何処の部分にあって、どういう場所なのか。
全然答えを聞かされないまま、俺はヨミについていくしかなかった。
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