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いや…どうにもこの獣人間を受け入れろって方が無理なんだが。仮装してるにしてはかなりの再現率つーか、動いてるし。耳動いてるし。本物なのか?これはやっぱり何か夢でも見てるのか?
「心配しなくっても、噛みついたりしないから!おいらローグレン、よろしくな!!あっちにいるねーちゃんは、セレネ。口悪いけど、いい奴だぞ!」
「勝手に名前教えてんじゃねーよ!!邪魔だ!!どけローグ!!」
ローグレンと名乗った獣人間を押し退け、コツコツとサンダルの足音を鳴らして近づいてきた髪の長い露出狂の少女。
並んでいたヨミよりも少し背が高く、丸出しの白い足もヨミより長い気がする。
「まぁまぁ…………図体は良い方か。前の奴よりはな」
口にマスクをつけていて素顔が見えるわけではないが、睫毛の長い大きい紫色の瞳を持つ目はたれ気味で眉に皺が寄っている仏頂面だ。
「セレネー。おいらはその人にやってもらっても別にいんじゃね?って思うけどー?」
「うるせーな!!別に反対してねーだろ!!お前は黙って見とけ」
雰囲気的に気の強そうなのは分かる。後はかなりがさつそうだが。スラムの人間だ、育ちが悪い方が大半だろう。
腰に差してるのは…それ、剣か?筋肉が無さそうなのに重そうなものをぶら下げてやがる。
日本みたいに銃刀法がないこっちじゃ拳銃はありそうだが、剣なんてものもぶら下げる奴もまだいるのか。
「まぁいねぇってんなら、仕方ねぇけど。本当に大丈夫なんだろうな?あれ連れ戻すまで、こっちも帰れねぇんだよ、ちゃんとやってもらわなきゃ困るぜ」
グズグズ言いながら俺をジロジロと体から頭まで品定めするかのように見回す紫色の目が、後ろのヨミの方に向く。
「だってうちらじゃ無理だし。ヤスのカメラに頼るしかないのさ」
腕を組み、足を交差させて立っているヨミがセレネに対して大丈夫だって。とにやけながら答えた。
俺的には、この二人を被写体にした方が金になる気もするが、ヨミは何を撮らせようとしてんだ…?
「おいお前ヤスって言うのか?私はセレネだ。仕方ねぇからお前の初めての客になってやるよ」
客?俺は別に写真家って訳じゃねぇし、商売してる訳じゃねぇんだけど。
「はぁ?だったらこんなとこに何しに来たんだよ。ただの観光巡りに来たのか?きったねぇ所によ」
「きったねぇは超余計。良いとこだよ?」
「外から見たことあっか?百人中百人が、バカでかい粗大ゴミって答えるぞ」
「ゴミの中にも楽園はあるものさ。この星の底に永久の楽園があるのと同じように」
謎めいた言葉を返し、さてそろそろ撮影に行こっかとヨミが言った後、着ているブルゾンのポケットから何かを取り出しながら俺の前に歩いてきてそれを差し出す。
「はい。仕事道具」
カメラのフィルムを入れる白いプラスチックのフィルムケースだ。中にはその名の通りのフィルムが一個入っているが、フィルムの色が普通のものとは違って少しだけ赤みを帯びている。
カラーフィルムか?これは何のフィルムなのかを聞くと、ヨミはこれをカメラに付けるよう俺に促した。
「“グェイ“用の撮影フィルム。『インビィジブルクロマチック』のタイプ389。聞いたことないでしょ?」
インビィジブルクロマチック?
なんだそれ、グェイってなんだよ?一応カメラを扱う上で多少の用語の勉強はしたが、そんなものは聞いたことがない。
「そりゃまぁそうかもね。このフィルムはここにしかないから。それはね…歪めてしまった物を元の形に戻すためのものだよ」
…なんだそれ?言われてもいまいち意味がわかんねぇんだけど。
「いーからカメラにセットして。やり方くらいなら教えてあげられるから。…やってもらわなきゃ、私も困るんだよね」
プスッーと頬を膨らませた後に息を吐いたヨミに早くとせがまれ、差し出されたフィルムケースを受け取った。
気が進まないが、ここで断って帰れないとなると困る。ヨミの言うとおりにカメラのフィルムを入れ換えた。
「それでさぁセレネ。行く前に話しときたいんだけど」
「あ?」
「昨日の銀柳街の事だけど」
フィルムを入れ換えている間、ヨミは俺の方に体を向けながら退屈そうにローグレンと待っている露出狂の女に話し掛けた。
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