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グェイ?
「このクーロンってさ。外の連中はみんな言ってるらしいじゃん?“一度足を踏み入れたら、二度と出てこれない魔窟“だって」
その理由があれにあると、ヨミがブルゾンから手を出して指差した先、シャッターが降りている無人の店の横に倒れている郵便受けだ。
…ん?
ただの使われていない郵便受け、俺の目は悪くないはずだ、なんの病気もしていない。
なのに、その郵便受けの辺りから映像にノイズが走る乱れたエフェクトが見えている。
カメラも何も介していない、裸眼の俺の目に届く不可解な現象に、ヨミに返事を返さずにそれを見続けた。
「おや…カメラなしに“あれ“が見えるの?やっぱ、私の勘は当たったねぇ」
「…何?あのゴミがどうかしたのか?」
ローグレンとセレネの二人には見えていないようだ、郵便受けがジジジッ…とノイズエフェクトが走って歪みが起きている現象が見えているのは、俺とにやけているヨミだけのようだ。
なんだあれは…。
手紙を入れるだけの小さいサイズの箱開けられた差し入れ口の闇の中。何となくだが、郵便受けの中身が気になって、三歩前に出てその中身を覗いて見た。
_っ!?
思わず、喉の奥底から喉が飛び出そうになりかけ、地面を蹴って倒れた郵便受けから飛び退いた。
…………“顔“だ。
確かに見えた。
老人のしわくちゃな顔と、見開かれた虚ろな眼球が、俺と確実に視線が合わさった。
中にイタズラで顔のポスターでも入ってるのかと思ったが違う。瞬きまで繰り返しているのを、確実に見た。
あんな所に人の頭がすっぽり入るわけがない。知らない内に霊感でもついたのか?それとも、時差ボケかなんかの疲れで見た幻覚か?そんな時差変わらねぇはずだけど。
「……?あー、なんだよ“地縛“じゃねーか」
「おーさっきも通ったのに全然気づかなかった!!」
セレネとローグレンも、俺が吃驚して下がった反応を見てそこに目を向けたが、特段驚いたような様子もなく、平然と郵便受けを見ている。
な、何なんだよあれ…郵便受けの中に…!!
「ここじゃ普通だよ」
上じゃこんなはっきりと見えないんだけどね。と、エフェクトによって乱れている郵便受けを見ながら、ヨミはそう答えた。
「外で生きられなかった人間が集まって作った城。当然、血生臭い歴史があるわけ。そのせいか、クーロン城が拡大するにつれて……本物の“魔窟“になった」
本物の…魔窟?
「この世ならざるものと交わり、普通は繋がりもしない世界と繋がってしまったって事だよ。…それが、この階層。本当はあのエレベーターも地下の階層も、゛存在しない ゛」
存在しないだと?
「そう、しないの。ここは『不可視』っていう異次元世界のクーロン。私達が住む『可視』じゃない。だいたい40年前に異世界と繋がって、以来このクーロンには゛鬼゛と呼ばれる魔物が根付くようになった」
「もっとも、そいつはここにだけにしか生息してねーけどな」
何の話をしているのかまたさっぱり分からない俺に向かい、ヨミの話に割り込むようにセレネが会話に入り込んだ。
「隙間一つねぇから外見れねぇし、実感ねぇだろうけど、ここはお前のいた場所とはまるっきり違う。違いと言えば…そうだな、肌に感じる触りが水っぽいだろ?」
言われてみれば…確かに水の中に入ったような滑らかさを感じる。地下で排気孔からそういう風が出てんのかと思ってたが、エレベーターを降りてから空気圧が微妙に軽くなったような…
「それにこんな毛むくじゃらの犬人間、向こうじゃいねぇ、だろ?」
「おいら、一応犬じゃなくってキツネ方面のビーストなんだけど…」
「はぁ?クマからキツネが産まれるのかよ?」
「かーちゃん似なんだって。」
……………………
わかった。
わかった。とりあえずその部分は受け入れる。どうにも反論のしようがないからな。
問題はそれだ、その郵便受けだ。グェイってなんだ?その中に入ってるのは生首じゃないって事なんだよな?
「人形だよ。グェイは穢や捨てられた物とか廃棄物に取り憑いて悪さをする妖怪。ここは巣窟だね、粗大ゴミもおしっこも平気で建築に使ったりしてるから」
長い足を曲げ、ヨミが郵便受けの中身を覗きながら、初めて少しはまともに説明してきた。
「こうしてじっとしてるだけの“地縛“になってるだけならいんだけど、本当に酷いのは空間の形、人間の形さえも歪めてしまうから。定期的に駆除する必要がある」
けがわらしい物にまみれたこの城に、グェイを完全に駆除することはできない。
そう言ってスタスタと後ろ足で少し郵便受けから離れた後、俺が両手に持っている一眼レフのカメラを指差した。
まるで、これを撮ってみろと催促しているかのように。
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