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このクーロンのグェイを処理していた撮影師である前任者は、東西では唯一の撮影師だったらしい。
誰にでも撮影師になれるわけじゃない、まずグェイが作り出したニセ物を見たと時に俺のように違和感に気付けるという事が前提で、撮影師になっても、グェイという未知のものを相手にしているせいか、気が触れて使い物にならなくなるケースが殆ど。
数少なくなってほぼ生き残りと言っていい前任者はヨミの話からすると、
今より二ヶ月前、中国内で民主化を求めた一般市民のデモに軍が武力行使で鎮圧した事件に巻き込まれて、帰って来なかったという。
俺がいた日本でも、『六四天安門事件』と名がつけられて、大々的に報じられていた。
デモに参加していた人間だけではなく、その場に居合わせた関係のない一般市民まで虐殺したのだと言うから、今でも時々報じられてるだろう。
「北京市の実家に帰ってた時だったんだ。それで事件が起きたって聞いてね。母親の話じゃあの辺で犬の散歩に行って見つかってない。死体すらも」
お前の知り合いだったのか?
「梨浩然って言うんだけど。代々撮影師の家系でさ、先代の父親は狂っちゃったもんだから、一人で頑張ってた。…だけどあのクソ政府、たかが“ガタギ“に対して戦車を用意しやがって」
始終そうだったが政府がデモ集団に向けて戦車を突っ込んだくだりで、ヨミは嫌悪感と憎悪を剥き出しにした目つきで近くの壁にあったチラシを睨みながら唇を噛んだ。
精々木の棒か、たいした装備も持たない市民に向かって戦車という時点で酷さが分かる。
阪口から聞けば、何にも関わりのない人間まで戦車で轢き殺したり、ほとんど無差別にやってたせいで酷い惨状だったらしいからな。
それに友達が巻き込まれたとなれば、怒るのも当然だろう。
…だがしかし。それとこれとは話が別。
今回だけだ。今回だけは!!付き合ってやるが次は絶対やらねぇ!!写真撮る度に気が狂うリスクでボランティア出来るかっ!!
「別にタダでやってなんて言ってないじゃん。…真面目な話、誰かがやってくんなきゃ困るわけ。見てみなよ、ほら、あそこにも」
狭苦しい道を歩きながら、ヨミが指差す瓦礫の壁や穴が開いて吹抜けている天井から垂れ下がったパイプ、誰も動かしていないのに右往左往に転がっているバービー人間らしき汚い人形。
それら全てに、像が乱れる変な歪みとノイズが見えた。
「最近向こうでも、ちょっと家を出たきりそのまま翌朝、何でそんなところに?って所で変死して見つかるケースも増えてる。自分もそうなりたい?」
だからって、何で俺なんだよ。見える人間は他にいないのか!?
「いないよ」
ヨミが即答で返してきた時の表情が神妙で気になったが、幽霊の類なんか見たことのないこの俺がだ。ここに来るまでこんなものは見たことがないのに、どうしちまったのか。
さっきも変な爺さんと黒い変なのが見えたしよ…。
「…変な爺さん?」
俺が何気なく吐き出した言葉に、仏頂面になっていたヨミがパッと元に戻って反応した。
「黒い変なの以外に、見えたの?」
見えたって……お前が撮れって言って構えたら、カメラ越しにいたぞ?ラジオの緒とが鳴ってて、爺さんが座って…
「…………ヤス」
俺が見た光景の話をすると、ヨミはまたどっか不気味なにやけ顔で笑いかけてきた。
「グェイだけじゃなく、それまで見えちゃうのかぁ…」
何だよそれって。カメラ見たら現実にはないものが写ってたんだぞ?あれもグェイとか言うのの仕業じゃないのか?
「現実にはないものが写るのは別に普通。真っ黒な影だったり、変な怪物が見えるのも。けど、ラジオの音まで聞こえるレベルに現実味を帯びてるものを見るのは……」
「この辺だよ。ここから臭いがなくなってる」
ローグレンの一言に会話が途切れた。
ここまでこの二人以外に人に会わなかった。初めてクーロンに入った時にも人の気配はあったって言うのに、ここじゃ気配すらもないな。
「立ち入り禁止区画だからな。グェイが繁殖するのも分かるってくらい魔素の濃度も高い。長時間は無理か」
「でも確かにこの辺から臭いがするよ。近くにいると思うぞ」
「まっっったくあのメタボ!!いつも余計な世話かかせやがって!!あいつがいなくなったってだけで真都から血相変えてババアの軍が規制線張ってるってのに!!処理るのこっちなんだからな!!」
鼻をヒクヒクと動かし、この場の臭いをかぎまわっている横で、自分のマスクを直しながらセレネが周りを睨み付けるように見回しながら俺の方に振り向く。
「おいヤス!この場所、見えるか?」
女で露出狂のくせにぶっきらぼうな感じで聞かれたが、聞かれる前にはこの場所のグェイとやらの場所がわかっていた。
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