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今日の夢はこうだ。誰かに追いかけられて暗闇を逃げ惑ううちに、真っ赤な花が咲き乱れる花畑まで追い詰められる。火事のように燃える花々が足元を包み、強風に翻弄されている。花畑の先は崖。その下には黒い海が轟々と大きな渦を巻いていて、見下ろすと強い風に髪を巻き上げられた。灰色と白で描かれた彩度のない空には、一滴ほどのシアンが滲むばかり。まるで世紀末のような景色の中を逃げ惑う。 もうそうするしかないと、背後で何かを叫ぶその人の腕を掴んで、海に向かって全力で突き飛ばした。どんと突いた時の感触が手のひらにやけにリアルに残る。崖から落ちていく時の叫び声がぼやけた空気を切り裂いて、耳に鮮明に届いた。台風の強い畝りのようでいて、尖った刃のような金切り声にも聞こえる。凛は必死に耳を塞いだ。 わたしは悪くない、わたしは悪くない、わたしは悪くない! そう唱えてから目を開けるとそこは真っ黒な海の中。口の中に入った水と息が吸えないことにパニックを起こして、我を忘れてもがく。バタバタと四肢で水を掻くも全く這い上がれない。高いところから落とされたせいで、その分深く潜ったのだろう。手を伸ばしても海面には触れもしない。 薄く開いた目に映る視界は、空気の泡で充満してキラキラと輝いているのに、奥に見える暗闇に身が凍りつく。そこには何もない。宇宙にも似た、生命を感じられない死の世界だ。 嫌だ! 死にたくない! そう思うのに、いくら腕や足を動かしても事態は好転しない。ただ着ている制服が絡みついて、這い上がるのを邪魔した。 肺にあった酸素を使い果たしていよいよ苦しくなると、決まってそこで目を覚ます。精一杯息を吸い込んで、夢だったことに安堵する。夢の中では、いつだってそれが夢であることに気づけないから、生きていることに本気で安心するのだ。 追ってきた人物は、二階で眠っている父・雪彦だった。いつも顔は見えないが、夢の中ではそう認識している。日によって形は違えど、雪彦はいつも凛を追い詰め、苦しめた。 まだ息苦しさが続いている気がして、改めて大きく空気を吸い込んだ。ギリギリ滑り込んだ電車の車内でするみたいに、空気が肺を無理やりこじ開けるせいで、喉から食道から全てが軋む。 窓の外の森の影から部屋に差し込む月明かりが、そっと部屋の隅を照らし、凛はもう一度目を閉じた。
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