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ガジェットのアラームが午前五時三十分を告げると、凛はむくりと布団から抜け出した。カーテンを開けると、窓外の森で鳥や虫たちが早くも活動を開始している気配がする。 「凛、朝ご飯できたよ!」 ピピピ、ピピピと鳥のさえずりのように部屋を飛び回る目覚ましの音の隙間、一階のリビングから母・理恵子の声が聞こえてくる。凛が子どもの頃に手作りした塩ビ管の簡易型伝声管は、今や振動もしていない。理恵子の声は階段を通って、三階にある凛の部屋へと届いた。 目覚めきれない脳がそれを認識すると、ベッドサイドの目覚ましを切ってカーテンを開ける。窓から見える空はまだ白んだままだ。 平衡感覚が鈍ったままの足元をふらつかせながら起き上がると、床に転がった使い古しの絵の具を避けきれず思わずよろけた。踏んだら大変だ。固まった絵の具のチューブは、ほとんど凶器と言っていい。 凛は、立てかけたままのキャンバスの隣、寄り添うように置いた丸椅子の上にそれを放ると、端っこが少し破れた壁のポスターに向き合った。 どこまでも広がる草原に、幾千もの星が煌めく夜空が覆う。この水彩画は、凛が憧れる天才画家、天財誠の作品だ。     
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