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もちろん本物なんかじゃない。世界有数の画家である彼は、凛にとっては神様のような存在で、その作品は、凛が一生かかっても稼ぐことのできないような額で売り買いされていると聞く。水彩画でその領域に達するのは稀なことだ。 凛は、学校行事で訪れた彼の美術展でこの絵に出会い、帰り際併設されたショップでこのポスターを買った。価格は3300円プラス消費税。当時のお小遣い1ヶ月分に相当する額を、何の躊躇もなく支払った。 それ以来、この絵が凛にとっての宝物として、ここに飾られている。 二階にある洗面台で顔を洗い、自室で着替えてからカバンを背負ってリビングに降りる。熟睡できなかったせいか、どうも体が重い。ぐるぐると片腕を回しながらダイニングテーブルに着くと、食パンとサラダとウインナーを乗せたトレーを手に理恵子がやってきた。 「牛乳とお茶、どっちがいい?」 「んー、牛乳」 席に着くと、もそもそとパンを齧る。 「もう6時になるよ、早く食べな」 受け取った牛乳を飲んでいると、合わせてテレビも6時を告げ、次のコーナーへ移っていく。 サラダとウインナーを口に詰め込んで、洗面台で髪を整える。リビングから聞こえる「お弁当カバンに入れたからね」の声を聞きながら、急いで歯を磨いていると、続いて外で自転車を出してくれる音がした。毎朝繰り返される慌ただしい朝の風景だ。     
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