1

6/6

2人が本棚に入れています
本棚に追加
/201ページ
凛が支度を済ませて玄関で靴を履いていると、愛犬のしなもんが自分も一緒に出かけるべくすり寄ってくる。制服のブレザーへ分身とばかりにその長い毛を撒き散らすも結局は頭を撫でられるだけで終わることを、彼女自身どこかで理解しているのかもしれない。出かける前の儀式として、一定の動作を終えるとすっと身を引くクールさがある。 「もう! おねぇちゃんこれから学校なのに、毛だらけぇ!」 その?をぐりぐりと手で圧し潰すと、しなもんは、ふんと鼻息で返事をした。 「何やってるの! 早くしないと遅刻するよ!」 理恵子の呼びかけに改めて靴を履き直していると、階段を降りてくる音がして、雪彦が顔を出した。足音で背筋がすっと凍りつく。 「もう出かけるのか」 背後から声がしたが、目を合わせないままに「うん」とだけ応え、足早に玄関を飛び出す。凛は、息が吸えないような苦しさにぐっと胸を押さえた。 理恵子の見送りを背に、持ちうるすべての力を結集して自転車を漕ぐ。木々に囲われた林道を、スカートがひらひら舞うのも気にせずに全速力で駆け出した。 朝から雪彦に会ってしまった日は決まって逃げ出すようにこの道を走る。この森はまるで夢の中に出てくる海のようだ。気道を締め付けられるようなこの森から、精一杯もがいて這い出す。 木のトンネルを抜けると、わざとぷはぁっと声をあげた。肺に新鮮な空気が満ちて、景色も街へと移り変わる。空にはすっかり青が染みていた。
/201ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加