幻影夢想 プロローグ/屋上ライズ

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幻影夢想 プロローグ/屋上ライズ

   二〇一五年 九月一日  屋上がいい。車椅子の少女は病室の窓から外を眺めてそう思った。  少女は窓からの景色が嫌いだ。あの部屋でも、病室でも、窓からの風景を見飽きていた。  だから、意を決して少女は病室を後にする。本当の自由を手に入れるべく、空を目指すためだ。  しかし、少女に大きな壁が立ち塞がった。空へ続く階段が足の壊れた少女を阻んだのだ。  それでも、少女は墜ちるために昇らなくてはいけない。  長い金髪と動かない足を引きずりながら、惨めに階段を這い上がる。  そして、少女はたどり着いた。  一人、空を堪能する。  空は大きくて、自由だ。少女を縛るものなんて何も無い。あの部屋にも、この汚い世界にも囚われていない。  どうしてもここからがいい。この大空の(もと)で死にたい。  そうすれば、きっとその先に本当の自由があるはずだ。  この世界に出て、黒を知ってしまった少女は、もう生きられない。  あんなに憧れていたのに。  あんなに美しいと信じていたのに。  この世界は(きたな)い。  人間はこんなにも醜い。  こんな苦しい世界では生きたくない。  まだ間に合う。  まだ美しい世界を夢に見たまま、永遠になれる。  だけど── ──少女は飛べなかった。  とある記憶が少女を止めたのだ。 「生きろ」と無責任に言った人との記憶。  纏わり付いて離れてくれない、彼の言葉。  きっと彼がここにいたなら少女を止める。  少女を自由にしてくれた彼が、今は少女を縛っている。    飛べない。  飛ばせてくれない。  彼の言葉が離れてくれないから。  少女は死ぬのをやめた。  /幻影夢想(げんえいむそう)
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