一言逢瀬

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『今年は津島祭りに行きました』 年賀状に足される一行、 あなたの無事な暮らしが見える。 おそらく子供さん達もそろそろ 結婚されてゆく歳になっているはず・・・。 でも、そんなこと、 書いてあったことは一度もない。 『出雲は縁結びを願う人でいっぱいでした』 『調神社では狛犬さんではなく  狛兎さんです』 毎年、他愛ないあなたの”ある日”を 一行だけ。 二十年前まで僕らは同じ建設会社に 勤めていて、同じ建物を造ることに 一緒になることが多かった。 だからなのか、いや・・・ 初めから惹かれていたのか、 僕はあなたを好きになってしまってた。 でも言うわけにはいかない。 知られてはいけない。 僕らには家庭があるのだから・・・。 でも、晩春の吉野山、 僕らは一夜を共にした。 「今夜だけ・・・今夜だけ・・・」 『好きだ』という言葉の代わり。 僕らは百も囁いた・・・。 窓を叩く花嵐、 容赦なく来るのは夜明け。 あなたは会社を辞めて去っていった。 僕らの関わりは年賀状だけ・・・。 妻が寝入ると書斎へ向かう。 机の上にあなたからの年賀状。 掌を重ねて眼を閉じる・・・ あの夜のあなたの 肌のぬくもりが甦るから・・・
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