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ー1ー
カラン、と手元のグラスの氷が呟いた。
40年もののシングルモルトウィスキー。飴色の高級な一杯は、俺の喉をスルスルと流れ落ち、胃の辺りで小さく熱を持った。「生命の水」とはよく言ったものである。
「看板は……まだ大丈夫かい」
深夜3時に近い窓の外は、遠くに眠らない街を望みながら、全体的に薄暗い。薄いスモークが入っているかのようだ。
「ええ。ご心配なく」
外資系高級ホテルの最上階。よくよく耳を澄ませば、微かにピアノの旋律が聞こえる。
年の頃は40代半ばだろうか――漆黒の髪をオールバックに撫で付けた細身のバーテンダーは、表情を崩さずに短く答えた。
宿泊客も寝静まっているのか、大理石のようなピカピカの黒いフローリングに映る人影は、俺しか見当たらない。
「なぁ……」
全くの貸切状態が、奇妙な解放感をもたらしている。くたびれた50男の戯言に、この男なら付き合ってくれそうな気がする。
「一杯おごるから、俺の話を聞いてもらえないか」
「……私で宜しければ」
グラスを拭いていた彼は、不躾な申し出にも動じることなく、ツィと細い右眉を上げただけで頷いた。
「ありがとう。好きなもの、やってくれ」
「勤務中ですので。後程、いただきます」
二重の切れ長の瞳をやや細めたものの、笑むでなく、ビジネスライクに表情を緩めただけに見えた。
「そうかい。まぁ、いい……」
できれば酒のツマミ程度に聞いて欲しかったのだが、無理強いもできまい。
「今から10年くらい前の話だ。当時、俺はG製薬の研究室に在籍していたんだ……」
ウィスキーで喉を湿らせ、俺はゆっくりと話し始めた。
ー*ー*ー*ー
あんたは、大病を患ったことはあるかい? え、ない? そうか……それじゃ、骨折は? ない、か……まぁ、いい。小さな切り傷とか、怪我くらいは誰でもあるものだろ。
俺は、G製薬で「鎮痛薬」の新薬開発に携わっていたんだ。
歯痛や頭痛とかの鎮痛じゃない。俺達のチームが取り組んでいたのは、末期ガン患者の痛みを緩和する薬さ。あの痛みは――口じゃ表現できん。全身の激痛だ。個人差はあれど、呼吸すらままならない、絶望的な苦しみだ。
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