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「福田先生。我々は、貴方に感謝しなければなりませんな」
目の前の男は、月蝕のような赤黒い光を宿した瞳で俺を射ると、名乗らない筈の名前を口にした。
「――何だって?」
「人類に混沌をもたらす奇跡の新薬です。ぜひ、握手を」
「あんた、一体……」
差し出しちゃ駄目だ。
咄嗟に、本能のようなものが警告したが、グラスを持たない左手を彼に向けていた。
彼は、ギュッと俺の掌を強く握った。触れた肌の冷たさに驚いていると――。
ザシュッ!
俺の左手首辺りを、彼の右手が素早く通過した。一瞬の違和感の後、腕の先から深紅の液体が噴き出した。
「ヒッ……? わあああっ!?」
血飛沫を避けるように数歩横移動したものの、バーテンダーは、俺から離れた掌をまだ握っている。スッパリ切り取られた断面には白い骨が見え、大小数多の血管から赤い液体が滴っている。
状況の急転に驚愕していたが、もっと異常な事態に気が付いた。腕の先から夥しく流血しているものの、全く痛みがないのだ。
「確かに、素晴らしい薬ですなぁ」
「ど……どうして……まさか、ウィスキーに?」
「さぁ……どうでしょうか」
バーテンダーは、細い二重の双眸をカミソリの如く細めると、律儀に「いただきます」と会釈して――握ったままの俺の左手をガリガリと貪り喰った。
彼の背後に漆黒の翼のような影が見えたような気がしたが――意識はドロリと濁った白い霧の中に沈んだ。
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