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 俺はさ……孝行息子じゃなかった。全く、孝行らしいことはしてやれなかった。  そんな罪ほろぼしの気持ちも、少しはあったと思う。俺は、モルヒネに代わる――モルヒネ以上に強力な鎮痛薬の研究に取りかかった。需要が見込めるから、会社もすんなりGOサインを出してくれたんだ。  そして、強い鎮痛効果を持つ成分の合成に成功し、新薬の卵が治験段階に進むことになった。 『――どういうことですか、岡元(おかもと)班長』  新薬開発チームの責任者は、俺より年下の茶髪の青年だった。青年と言っても、歳は30代後半だが、脂っぽい肌の童顔でさ。何とかっていうアメリカの大学で博士号を取ったことを、事あるごとに鼻にかけていた。優秀なのは分かっていたがね……はは、分かるかい? 俺とは、どうもソリが合わなかった。 『だから、アレが世に出ることはない。そう言ったんだ』 『分かりません。各種動物実験のデータでも、問題は』 『確かに鎮痛効果だけを見れば、素晴らしい』  研究室の自席に深々と身を沈めた奴は、俺の言葉をぶった切るように、報告書をパシッとデスクに放り出した。 『問題は、依存度と副作用だ』 『……問題でしょうか』  デスク脇で仁王立ちのまま、俺は奴を見下ろした。 『何?』  黄土色の甘ったるいコーヒー牛乳が入ったマグに、伸ばしかけていた手が、ぎこちなく止まる。ギロリ、面倒臭そうに睨め上げてくる。 『使用対象者は、余命宣告を受けた末期ガン患者です。最期の時まで、切らさずに投与すればいいでしょう』 『福田……』 『このエピメロンXは、極めて副作用の少ない良薬です。前頭葉に僅かな器質変化をもたらすとはいえ、1年以上の継続投与が条件ですし』 『馬鹿者! それが問題だと言うんだ』 『お言葉ですが、班長! 使用対象者は、余命半年以内の患者だけで』 『余命宣告が絶対ではないことは、お前が良く知っているだろう? このプロジェクトは、ここまでだ。今後、議論の余地はない!』  俺は、諦め切れなかった。この奇跡の新薬を破棄するなど、愚の骨頂だ。国内外のライバル企業に秘密裡に接触すると、研究データの一部を開示し、製品化を打診した。
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