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 未完の薬剤とはいえ、研究室で得られたデータの半分は、会社に所有権がある。研究費がかかっているからな。一研究員が私的に扱うことが許されるものじゃない。  そんなことは、百も承知だったさ。  慎重に接触したつもりだったんだが、何処からか俺の行動が会社にバレた。  そこからの処分は、早かったよ。あっという間に「背任」で懲戒勧告、早い話がクビだ。しかも、社外秘のデータをライバル企業に売ろうとしたことは、業界中に知れ渡っている。推薦状なんて貰える筈もなく、再雇用の見込みもない。所謂、永久追放ってヤツだ。  でもな、俺の研究を必要としている人がいる。一瞬たりとも止まない痛みに苦しんでいる患者がいるんだ。俺は、間違っちゃいない――その一心で、ネットにHPを立ち上げて、出資者を募ったんだ。  「捨てる神あれば、拾う神あり」ってのは、本当でね……ひと月も経たない内に、メールが舞い込んできた。  送信元は、とある新興宗教団体。鞍橋(くらはし)と名乗る人物には、本部長と肩書きが付いていた。  一度だけでも会って話せないかというので、指定された駅前のカフェに足を運んださ。すると、店の前に迎えの高級セダンが止まり、教団の支部に連れて行かれた。  貸事務所なんかが林立する雑居ビルの一室で、教えられなきゃ、ごく普通の会社の事務所と何の違いもない。出迎えた人々も背広姿で、まるで普通のビジネスマンだ。怪しさの一欠片もないってのが、返って奇妙な気がしたな。  俺は、事務所奥の別室に、恭しく招き入れられた。応接室らしき黒革のソファーの前で、髪の薄い初老の男が深々と頭を垂れていた。俺にメールを寄越した、鞍橋って男だった。 『我々の団体を頼ってくる人々の中には、難病や不治の病に苦しまれている方も少なくありません』  教団内の施設を提供するので、薬の製造に、ぜひ協力させてもらえまいか、とのことだった。 『宗教には、関心ない』  はっきり拒絶したが、彼は柔らかな微笑みを浮かべて、俺を真っ直ぐに見た。 『構いません。教団の教義も教祖も、信じていただく必要ありません』 『あんた、自分の信念を否定するのか』 『そうではありません。我々には、救いたい人々がいる。先生の研究も、人を救うためのものでしょう?』  痛いところを突かれた。
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