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『……ああ』
頷くしかない俺に、笑みを深めると、鞍橋は一気に畳み掛けてきやがった。
『目指す理念が同じでしたら、それだけで十分です。我々には、場所や道具の提供しかできないのです。どうか、先生の叡智をお貸しください』
住んでいたアパートを引き払い、移り住んだ施設は、人里離れた山深い高原に建っていた。空気と水に恵まれているから、という説明を受けたが、俺に取ってはどうでも良かった。
「そこで、新薬が完成したんですね?」
バーテンダーは、最後のグラスを吹き終えたらしく、布巾を丁寧に畳んだ。
結論を急くところを見ると、話に飽きてきたに違いない。
「そうなんだ。教団は、理想的な研究所だった」
目の前の男は、小さく頷くと、俺が嗜んでいたウイスキーのボトルを手にした。
「いただいても?」
「ああ。俺にも、もう一杯くれないか」
「畏まりました」
彼は、ウイスキーグラスを2つ並べ、綺麗に削られた丸い氷を入れてから、トクトクと琥珀色の液体を注いだ。
「どうぞ」
交換したグラスをゆっくりと回す。張りのある香りが立ち上り、鼻腔で味わってから、冷えた美酒を舌の上で転がした。
バーテンダーは、律儀に「いただきます」と会釈してから、静かにグラスに口を付けた。
腹の底から熱い息を吐く。俺は、話を先に進めた。
ー*ー*ー*ー
教祖は、銀髪碧眼の若い美女だった。10代で神の啓示を受けた……とか何とか、鞍橋が言っていたな。日本語はカタコトしか話せなかった――最も、話せないフリをしていた可能性はあるがね。
教団の施設は広大でね。元々は、リゾート開発されたものの着工半ばで頓挫した、第三セクターの残骸さ。民間デベロッパを装った教団の子会社が土地ごと買い上げて、宿泊施設は信者の居住区に、テーマパークの予定地には教団本部を新たに建設したって訳だ。
礼拝堂を備えた本部の奥に、幹部達の居住棟があり、俺には更に奥の建物が与えられた。存在を隠すかのように、3階建ての小さな研究棟は、防風林を装った木立に囲まれていた。
「あの施設を『理想』と言った意味が分かるかい?」
「いいえ」
視線を向けると、バーテンダーは冠を振った。しかし見返す眼差しには、何処か見透かしたような落ち着きが感じられ、俺は慌てて喉を湿らせた。
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