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 被験者達は、研究棟の一室で白い検査着に着替えさせ、基本的なメディカルチェックをした。  検査が終わると、倉庫の実験室に連れて行き、順番にエピメロンXを静脈注射した。元々痛みのない彼らには、さしたる変化は訪れない。変化はやがて――薬効が切れた瞬間に現れるんだ。  何故こんなところに入れられるのか、そして何の薬を投与されたのか――。  不安げな表情を浮かべつつも全く抵抗しなかったところを見ると、納得するような何らかの説明を、事前に教団から吹き込まれていたんじゃないかな。 『エピメロンXを投与した被験者の脳内では、脳細胞(ニューロン)にある受容体(レセプター)が変容して、神経伝達物質の受け渡しを阻害するんだ』 『……というと?』  部屋(コンテナ)の中には、東南アジア系の若い男が1人ずつ入れられている。年齢は20歳前後。どいつも痩せていて、栄養状態がいいとはお世辞にも言えないが、メディカルチェックの結果では至って健康だった。  左端の男は、床に固定された木製の椅子に座って俯いている。中央の男は、落ち着かない様子でウロウロ歩き回っている。右端の男は、椅子に座らず、隅で膝を抱えて丸くなっている。  彼らに共通するのは、左腕に巻かれた包帯だ。今から約3時間前――コンテナ内に食事を差し入れた時、故意にナイフで切りつけて作った裂傷だ。  薬効が発現中の彼らは、鮮血が流れる自分の腕を不思議そうに眺めていた。そりゃそうさ。明らかに怪我したのに、痛みを感じないんだ。訳が分からないだろうよ。 『つまりだな、一度(ひとたび)エピメロンXの成分が作用すると、受容体は絶縁体に変わるんだ。何の神経伝達物質にも反応しない。だから苦痛を感じなくなる』  被験者達を観察しながら、俺は鞍橋に説明した。 『無反応? ということは、心地好くなるわけではないんですね』  コンテナ前のデスクに凭れると、鞍橋に椅子を勧めた。「その時」は近い筈だが、薬効の持続時間には多少の個人差がある。
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