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『いや、激しい痛みが消えるんだ。マイナスが、プラマイゼロになるくらいの快適さはあるだろうさ』 『ふむ……』 『うっ、うぐああああぁ……!!』  突然、中央の男が、絞り出すように呻き声を発しながら倒れ、床を転げ回り出した。  ガタン、鞍橋が椅子を弾いて立ち上がる。 『薬効切れ(タイムオーバー)だ』 『泡を吹いていますね』 『ああ。エピメロンXの痛覚遮断力は、強力だ。だからこそ、遮断が阻害された時の降り幅は大きい。その上、エピメロンXに曝された受容体は、興奮作用を持つ神経伝達物質には過剰反応する一方で、抑制作用を持つ神経伝達物質には反応しなくなる』 『つまり、他の鎮痛薬が効かなくなる?』 『そういうことだ』 『……素晴らしい』  続いて、左右のコンテナ内の男達も泣きわめき始めた。痛みの発信源、腕の包帯を強く押さえたため、検査着が赤く染まっている。襲いかかる激痛に、パニックになっているのだろう。 『受容体の変容は不可逆的だ。一度でも投与すれば、依存を断ち切ることは不可能に近い』 『ほぅ……』  鞍橋は、コンテナの内側を叩いて助けを求める被験者達を興味深く眺めていたが、姿勢を正して俺に向き直った。 『先生。では、エピメロンXが効いている時に、更なる苦痛を受けた場合、どうなりますか?』 『受容体が機能しないんだ。喩え手足を切り落とされても、痛みは感じまい』 『無敵になる訳か……』  奴が満足げに感じ入る様子に、むくりと不安が頭をもたげた。 『鞍橋さん。新薬を開発した目的を忘れんでくださいよ』 『はは、無論です』  しかし、教団は悪用したんだ。恐らく、最初から利用するつもりで、俺に接触したに違いない。 「……悪用ですか」  バーテンダーは、まるで水でも流し込むように、ウィスキーグラスをクィと傾けた。 「怪我をしても痛みを感じない薬だ。喩えば、戦場で兵士に投与したら……どうなると思う?」 「そう――ですね。痛みを恐れない人間兵器になって、死ぬまで戦うんじゃないですか」 「正解だ」  俺は、苦々しい想いでウィスキーを舐める。ある日、教団は研究棟を閉鎖した。エピメロンXのデータは奪われ、程なく世界中で死を恐れないテロリストによる犯罪が急増し始めた――。
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