コンテニュー

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 * ”会ってお伝えしたいことがあるので、近いうちにお越しいただけませんか。”  ある日手紙が届いた。差出人はイコだった。  それほど親しいわけでもない私に何を伝えようというのだろう。見当もつかなかったが、イコの頼みとあればすぐにでも向かわざるを得なかった。私は年甲斐もなく浮かれ、どれも変わらない服の中から少しでもましなものを選ぼうとした。この期に及んでもまだ、イコのことを忘れられずにいたのだ。  さすがに徒歩では厳しいので馬車で宿屋に向かった。イコは私を快く出迎えてくれた。彼女は歳を重ねても上品な美しさを保ち続けていた。  イコの私室で紅茶を振る舞われ、当たり障りのない世間話をした。イコは私が独身であること、一人で暮らしていることを確認した。 「そうそう、忘れるところでした」  イコは立ち上がり、机の上に置いてあった小瓶を持ってきて私に手渡した。最近この辺りで新手の流行病が蔓延していて、予防薬が配られたのだという。その薬を飲むように言われ、私はそのとおりにした。薬屋を営んでいた私でさえ聞いたことのない薬で、特に味も匂いもしなかった。 「スリンガさんに来ていただいたのは他でもありません、ネスタン様のことです」  私が薬を飲み干すと話は本題に入った。ネスタン様とは前皇帝、つまりイコを数十年の間ほったらかしになさった元皇太子殿下のことである。少し前に退位され、現在は隠居なさっているはずだ。 「実は先日、ネスタン様が私を訪ねていらっしゃったのです。なんでも、長年支えてくださった腹心の方が今際の際に、そういえばあの宿屋の娘はどうなさいましたかと仰り、私のことを思い出されたということで。その腹心の方というのが以前落馬してこの宿屋に担ぎ込まれた方で、そのとき看病した私のことを憶えていらしたようです」  やはりネスタン様はイコのことをお忘れになっていたようだ。しかし、お気づきになるのがあまりに遅すぎた。 「ネスタン様は何度も謝ってくださいました。私の一生を台無しにしてすまなかったと。……でも、私はネスタン様を恨んだことなど一度もありませんし、ずっと信じておりましたから、再びお目にかかれたことが本当に嬉しくて」  話をするイコは穏やかで満たされた顔をしていた。一方私は嫉妬のせいか、体が火照り、血液が全身を駆け巡るような感覚に見舞われていた。
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