ミツカル

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捕まらないで!という思いも虚しく、まるでハエか何かのように私の言葉達はベシッと床に叩き落とされて補食された。 ……ゾク……ゾクッ 白猫に最初に言葉を食べられたのは、事故に遭った当日だった。それから10日あまり。私は言葉を食べられないようにずっと細心の注意を払ってきた。 だから、言葉を食べられたのも10日ぶりだ。 心の準備が出来ないまま、胸が心ごと抉り取られてしまったように疼くこの気持ち悪さを我慢するのは、なかなかしんどい。 入院していた時は身体中が痛かった。だからその痛みがだいぶ消えた今となっては、最初に食べられた時より胸に疼きだけではなく若干の痛みを感じてしまうのは、たぶん気のせいではないと思う。 ムシャムシャと、まるで大型の肉食動物のように言葉を咀嚼している白猫を、複雑な思いで眺める。 私の言葉の色は黒で、文字は書類なんかにもよく使われるごく普通の明朝体というフォントだと思う。 今のところ、この奇妙な出来事に関してはそれくらいしか分からない。 最初の一言も含めて、発した言葉は短いひらがなばかりだから、漢字や長い言葉も全てこんな風に固まってしまうのか…… そして何より、猫は言葉以外の物を全く食べる様子も無く私の側にいる。 言葉(エサ)を与えないと猫はどうなってしまうのか……気にならないと言えば嘘になるけど、目の前でこんな風に自分の一部が食べられて、食べられる痛みも我慢しなければならないのかと思うと、さすがに試してみる気にはならない。 そんな私の心の葛藤を知ってか知らずか、10日ぶりの食事を終えた白猫は、満足気に身体をぐいっと伸ばしていた。
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