1人が本棚に入れています
本棚に追加
「しかし、よくあれだけの穴を掘れたな。」
大将はいましがた埋めたばかりの穴の跡をちらりと見る。巨大なカブトムシが丸々一匹入るほどの大きさだ。容易ではないだろう。
「村の連中にも手伝ってもらいましたし、穴を掘るのは慣れてますから。」
傳次郎は胸を張る。
「そうか。それにしても上手いことおびき出せたものだな。穴のところまでカブトムシを連れてこないことにはこの策は上手くいくまい。」
たまたまカブトムシが傳次郎に向かって来てくれたからよかったものの逃げた兵たちのいる方に言ってもおかしくはない。
「それは不安でしたけど、これのおかげでうまくいきました。」
そう言って傳次郎は手のひら大のひょうたんを取り出した。傳次郎がひょうたんをひっくり返すとその口からゆっくりと液体が一粒落ちる。透明で粘度のある液体だ。
「それは?」
見ただけでは何かわからず、大将は聞いた。
「甘葛です。カブトムシの奴らは樹液みたいに甘いものが好きなので、甘葛でおびき寄せられるのではないかと試してみたのですが、思った通りでした。」
大将は聞きながら、傳次郎の濡れた頭を見る。やけに傳次郎の体が濡れていると持っていたが、甘葛を被ったせいだったのか。その傳次郎の顔は穴を埋め作業のせいで甘葛だけでなく土がついていて、穴埋め作業を行った人間の中でもひときわドロドロであった。しかし、大将は傳次郎が汚いことなど気にならなかった。そんなことよりもただひたすらに驚いていた。
最初のコメントを投稿しよう!