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一年ののち
ベンチには行かなくなった。
月に一度、雪の月命日にだけ、メロンパンを二つ買って、紅茶は一つだけ買って、ベンチで過ごした。
声をかけてくる人もいない。譲る気もない。ただ一度だけ、「空いてますか?」と言われたことはあった。ぼくは「すみません、人を待っているので」と嘘をついた。
あるいは、嘘ではないのかもしれない。
だからとっさに、口からでたのかもしれない。
雪がいなくなって、十二回目のベンチ。
これまでの十一回をなぞるように過ごす。メロンパンを二つ買い、紅茶は一つだけ買って、本を読む。
雪がベッドでいつも読んでいた本。
サガンの『一年ののち』。もう何度目の通読かわからない。それもまた、そろそろ終わろうとしている。第十一章に入った。
“いつかあなたはあの男を愛さなくなるだろう”とベルナールは静かに言った、“そして、いつかぼくもまたあなたを愛さなくなるだろう”
『われわれはまたもや孤独になる、それでも同じことなのだ。そこに、また流れ去った一年の月日があるだけなのだ……』
「隣、いいですか」
顔を上げる。
雪が立っていた。
見つめ合う。
「嘘つき」
とぼくは言った。
(了)
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