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「ねえ、結婚しようよ」  とぼくは言った。 「良くなってからって言ってるじゃない。それに、そういう話はベンチでしてよ」  と雪は言った。そして本のページを一枚めくる。眠っている猫から一本、(ひげ)を盗むようにそっと。 「どうしても?」 「どうしても」  雪はいつも本を読んでいる。ブックカバーがしてあるので、何を読んでいるのかわからない。けれど、厚みや雰囲気からずっと同じ本だとぼくは踏んでいた。 「なに読んでるの?」 「内緒」  ぼくの座るパイプ椅子からは、雪の横顔しか見えない。白いベッドの背もたれを起こし、手元の本に視線を落とす雪の表情が、みるみる笑みへとかわっていく。 「そうだ。もしわたしがなにを読んでるのか当たったら、いいよ。回答権は、来てくれる度に一度」 「ヒントはなし?」  こくり、と雪がうなずく。 「わかった」と言ったものの、ふだん本を読まないぼくには、見当もつかなかった。  雪が時計に目を遣り「もうこんな時間」とつぶやいた。 「来てくれてありがとう。またね」  ぼくは立ち上がり、雪に近づく。そして肩の後ろに手を回し、頬と頬を合わせるハグをする。木目が細かく、ぼくよりわずかに冷たい頬。本は残念ながら閉じられて、手がかりは一つも得られなかった。
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