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僕は僕が先輩を待つのを待つ先輩を待つ
「先輩?」
閉じていた瞼を開いた先に先輩の姿は無くて、とっさに「ああ、僕は待てなかったんだ」と思った。
視界の端に色とりどりの電飾がちらついても、つい先ほどまで先輩がもたれかかっていたボロい柵を見つめていた。
『目を閉じてくれないかい』
手を後ろに組んだ先輩が上目遣いで言った。
「こんな暗くて人気ない所で、何だかドキドキな提案ですね」
その瞳が僕の心を吸い込むようで、僕は冗談めかして答えた。
先輩はニヤリと笑う。
「何、襲いやしないよ。それとも私に生殺与奪権を握られるのは嫌かい」
「人に生殺与奪権を握られるのが好きな人もいないでしょうが、先輩なら構いませんよ」
そう言って僕は、視界を闇に委ねた。
視覚情報を断つと、聴覚が研ぎ澄まされる感じがする。
「私がいいと言うまで待ってて。目を開けてはダメだよ」
先輩の声をいつもより近くに感じた。
鉄製の柵に手をかけた。手袋越しにも冷たさが伝わってくる。
ここから海までは少し距離があって、水面の揺らぎはほとんど見えない。ただただ底の無い穴のように思った。
先輩は、いいとは言っていない。
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