僕は僕が先輩を待つのを待つ先輩を待つ

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 深くかぶった帽子。口元まで隠したマフラー。それでも覆いきれずに晒された肌を年末の風が容赦なく刺した。 『世界は待ってはくれないよ』  当時使っていたマフラーが中学生の頃にもらったものだと伝えた翌週に、先輩はそう言いって紙袋を突き出した。 「どういう意味ですか」 「時は常に流れていて、物は古くなり、流行は変わっていくということだよ」  僕は受け取った紙袋の中身を確認した。赤いマフラーと帽子と目が合った。 「マフラー姿の君は好きだけどね、何年も前のものをずっと身に着けているのはどうかとも思うよ。そんなに大切なのかい。もしかして昔恋仲だった子からでも貰ったのかい」  先輩は目を伏せ、口を尖らせた。  僕はふっと息をついた。 「これは姉にもらったものですし、恋仲だった子なんて20余年を振り返って一人もいませんよ」  すると先輩は破顔して、僕の肩を叩いた。 「そうかそうか。君のお姉さんのセンスも中々だが、これからはそれを着けたまえよ。なんと私の手編みだよ」  先輩の細い指に目が行く。 「そんな、悪いですよ。誕生日でもないのに」 「そんな、悪くないよ。私は君を待たせてばかりだからね。でもそう言うのなら、これと交換にしよう」     
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