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そう言って先輩は僕から古いマフラーを奪って巻いた。顔を半分埋めて、胸を反らして鼻から息を吸っているのを僕は見逃さなかった。僕も先輩の手編みのマフラーを巻いて先輩のいない所でいつもより深く息を吸った。
柵は腰の高さほどしかなく、容易に越えられた。風がうるさい。
待つのは得意な方だ、と思っている。気が長いというか、別に本を読んでいるでも、景色を見ているでも、ぼうっとしているでも、時間を潰せる。
そのまま穴の方に向かって歩いた。近づくにつれ、耳元でやかましいうねりの向こうに波音が感じられた。
大地の端に立つ。水平線は夜空に溶けている。夜空を泳ぐ飛行機、海を飛ぶ船。
『君は待つのが好きだねえ』
スーツケースを引いた先輩が空港ロビーに現れた。
「苦じゃないのと早めの行動を心掛けているだけです」
僕は本を閉じ、立ち上がってチェックインに向かう。
「それと、先輩が来るってわかっているので」
追い越し際、ちらっと呟いてしまった。
すぐに僕に追いついた先輩が袖をつかんだ。
「おお、今のはデレってやつかい?」
「聞かなかったことにしてください」
「それは無理な相談だよ。二人の初めての旅行、楽しくなりそうだねえ」
きっと先輩は眩しいくらいに笑っていただろうけど、僕はカウンターを目指すばかりだった。
「私も君が待ってくれるから、君の元へ向かえるよ」
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