僕は僕が先輩を待つのを待つ先輩を待つ

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「好きだったピアノの習い事も急にやめてしまったり、家族は大好きなのにある日何の理由もなく家に帰らなかったりする子供だったんだ。それは成長しても無くならなかった。模試の結果も良かった志望校を突然変えてしまったし、何ならとうとう学校もやめてしまった」  学ランを乗せた自転車が坂を下りて行った。 「この清掃のバイトもきっと突然やめてしまう」  先輩が立ち止まった。 「だから、私を待っても、きっといつか無駄になるよ。私は急にいなくなってしまうからね」  僕も立ち止まった。  先輩の困ったような笑顔を見るのは、この時が初めてだった。  僕は先輩の手を引いて歩き出した。 「いなくなってからも、待ちますよ。ずっと待ちます」 「だから、そんなことしても――」 「そしたら先輩、戻ってこられるかもしれないでしょ?」  日が沈む。目の前に夜が、後ろに夕方がある。 「人はもともと近づいたり離れたりするものなんですよ。どこかへ旅立つものなんです。でも、待ってる人が居れば、帰りたくなったときいつでも帰れる」  振り返ると先輩が目を丸くしていた。そして、その眼が細くなる。やはり、先輩はこの笑顔がいい。 「変わった後輩だね。いいよ、いくらでも待たせてあげよう」  僕は海を覗き込んだ。波の押し引きが、手招きに見える。吸い込まれそうになる。  僕はいつまでも先輩を待つと言った。だから、目を閉じて待っていろと言った先輩を待てなかった僕の前から、先輩が消えてしまうのも仕方ないと思った。     
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